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  • 天沼春樹 猫迷宮展
  • 天沼春樹 猫迷宮展
  • テキストとオブジェによる構成
  • 5人のアーチストとのコラボレーション
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  • 秋浜昌子、浅野勝美、出久根育、水野絵里
  • 写真 若林雄介
  • special thanks to Mariko Nagai
  • アートワーク 坊俊孝
  • □ 2008年7月22日(火)〜8月3日(日)
  • □ Open/11:30 Close/22:00:日曜、最終日は20:00まで
  • □ 7月28日月曜日休廊

  • 猫猫迷宮の扉がひらく
  • 白い猫のゆくえは誰も知らない・・・・

猫猫迷宮の扉がひらく白い猫のゆくえは誰も知らない・・・・
 

 

天沼春樹 猫迷宮展 

春まだ浅い宵。ふいにおとずれたなまめかしい晩のことです。月はぼうっと霞んで中空に浮かんでいます。あたりに漂っているのは、なにかの花のかおりか、それともいましがた遅い夜道を通り抜けた女の安物の香水でしょうか。
 そんな夜に、わたしはある妄想にとりつかれるのでした。わたしは、目覚めているのか、それとも夢のなかにいるのか、はっきりわからぬまま、褥に伏して薄闇をにらんでいます。寝返りをうつと、すこしばかり開いたままの窓に気がつきました。おや、しめたはずではなかったろうか。それとも、何かが出入りしたものでしょうか。
 けれども、次の瞬間に、わたしはからだのなかに、あのなれ親しんだ疼きがよみがえってくるのを知ります。そうか、今夜なのかと。
 くるりと、からだをまわして、寝床のなかではいつくばると、わたしは、みるみる一匹の猫に変身していくのでした。
 わたしは、狂ったように夜のなかに飛び出していきます。水気を含んだ地面から、ほんのり香気がたちのぼっています。いつのまにかわたしの両手は、大地をつかんでいます。やわらかな毛がはえそろった、しなやかな四肢が、わたしの体を面白いように先へ先へと運んでいきます。いまや一匹のけもの本能が、わたしの体のなかをかけめぐり、耳をそばだて、鼻をひくつかせ、垣根をくぐったかとおもうと、わたしは人の背丈よりもたかい塀をとびこえて疾駆していくのでした。やがて、わたしは、ひとつの暗がりに、自分のもとめている相手が、ひっそりとうずくまっているのを嗅ぎつけます。
 この際、慎重な振る舞いが肝心です。静かにすりよって、合図をおくらねばなりません。相手は警戒と、期待で、身を固くしています。わたしは、低く、甘く唸りながら、彼女の鼻先に近づきます。怯えさせてはいけません。やさしく、しかし、たくましく、自分の雄を誇示しながら、しだいに相手の気持ちをとらえていくのです。やがて、相手が、おわあおわあと喉を甘ったるく鳴らしはじめたら、しめたものです。相手は警戒をとき、わたしはどんなに大胆に振る舞ってもかまわぬことになります。わたしは牝猫の臭いをかぎながら、彼女の体をゆっくりと愛撫しはじめます。牝猫の陰部からは、わたしを狂おしくひきつける濃密な臭いが発散してきています。が、焦ってはなりません。肝心なところで爪をたてられることも少なくありません。その匂いのあたりをわたしが、やさしくなめてやりますと、牝猫はつぎの行為を催促するように腰をあげてうずくまり、ちいさく鳴いてよこします。そこで、わたしは自分の体を、牝猫背後からかさねていき、彼女の敏感な首筋を軽くひと咬みすると、暗がりのなかで、ひっそりと交わるのです。いままで、一度も会ったことのない二匹が、じっと闇をみつめながら交尾するとき、その毛並みの下では、どのような感情が波うつのかは思いのほかです。ときがきて、わたしたちは身はなすと、まるではじめから約束していたかのように、いっさんに夜のなかに尻尾をならべて走りだしていくのです。

  • 猫文書Ⅰ」、天沼春樹『猫迷宮』より

 

天沼 春樹  Harki AMANUMA | profile

天沼春樹Amanuma Haruki 埼玉県川越市生まれ。中央大学文学部大学院博士課程修了。ドイツ文学。ドイツ語。専攻はドイツ現代文学やグリム童話であるが、友人や飲み友達にはフランス文学者のほうが多い。現在、都内5大学でドイツ語や文化論を講じながら、翻訳(早川SF、ペリー・ローダンシリーズなど)や、作家活動をつづけている。 30代から文学とはすこしはなれた「ドイツ飛行船・ツェッぺリン」の研究に没頭し、自他ともに認める飛行船博士となる。『飛行船ものがたり』NTT出版『飛行船帝国』ほるぷ出版『夢みる飛行船』時事通信社など、飛行船関連本をだしているうちに、愛・地球博をひかえた名古屋のベンチャービジネスの人々に招かれ、ドイツの新型ハイテク飛行船ツエッぺリンNTを日本に導入するための(株)日本飛行船の設立に参加、出資して役員となる。以後4年間プロジェクト Zeppelinに忙殺される。2005年1月にドイツより海路輸送したツェッぺリンNTが日本に就航し、もっぱら文化担当顧問としてその広報・宣伝・普及につとめている。
■天沼春樹;主要作品『夢童子』『水に棲む猫』『猫町mugen』(パロル舎)
『魔法世界の旅』(東京書籍)翻訳『ヘルマン・ヘッセ 空の旅』(ZEST)『ヒンデンブルク炎上』(新潮文庫)など。